ご自身のことば、あの人に聞いたことば、出会ったことば。
だれかに伝えたい、また心の奥にしまっておきたい思いを言の葉に、歌にあらわして・・・
「受賞作発表」が、11月1日(日)に高台寺客殿で行われました。
受賞作を紹介いたします。


北政所ねね様四百年遠忌の記念行事として、三年間の計画で始めました 「臨終のことば」 「辞世の歌」 の募集も最終の三回目となりました。
今回は四百年遠忌事業で再建されました秀吉とねね様が愛した客殿にて授賞式を執り行います。
今回も 「臨終のことば」 四十八首、「辞世の歌」 百十四首と、ご応募をいただきました。特に 「辞世の歌」 では優秀な作品が多く、選考に苦労されたと聞いております。
もし今、私たちが臨終にあたり、思いを伝えるならどのようなことばになるのか、多くの方が人生最後のことばに関心を持っておられるのだと、三回の募集を通して強く感じたところであります。
最後になりましたが、ご応募をいただきました皆様、並びにご協力くださいました選者の皆様、関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
高台寺 執事長 奥村 紹仲
今回、三回目となりますが、残念なことに応募数が少なかったようです。
臨終の言葉と言われると難しかったのかもわかりません。俳句っぽいものが多くありました。言葉のリズムでしょうか。
その中で、 「AIもSNSもようわからん…」 が優秀賞に選ばれました。どんどん進化していく通信事情についていくのも難しい、年齢が上がるごとに困難が増えていくのも、嘆きたくなるところです。同感される方は多いのではないでしょうか?
臨終の際に言葉を残すのか、自分の臨終を考えて残しておくのか、いつも考えておくのも良いかもしれません。
高台寺 事務長 田中 敬子
「辞世の歌」 募集も今回で三度目、すなわち当初予定の大団円を迎えました。応募数としては漸減しましたが、総じて質的な水準が高くなったと思います。当初は俳句との混同や自由詩のような破調も少なからず見られたのですが、今回はどの応募作も短歌としての骨格が確かな上に、世間的な発想に縛られない自由な視点を備えていることに注目した次第です。
そうした中一つの傾向として真正面から今生との別れを思い描く直球型の詠、もう一つの傾向として少し斜めから、あるいは裏側から死を柔軟に捉える変化球の詠、どちらにも佳吟が生まれました。そうした佳吟の多くは死を嘆き悲しむ暗い感情に支配されることなく、此の世と彼の世をまるで隣室か道続きのように詠んだ作品さえ見られました。
当企画が日頃から短歌に親しむ人にも、初めて取り組んだ人にも、今後の生き方に向けた有意義な機会となったことを確信しています。
京都歌人協会会長・日本歌人クラブ近畿ブロック長 田中 成彦
優秀賞
AIもSNSも ようわからん
むかう浄土はやさしくあれな
京都府木津川市 山田勝子
入選
お母さん!
お母さんが私のお母さんであった事。
誇りです。
京都府宇治市 西山春海
よく笑い、よく困らされました。
寄りそいてゆく心安けし
東京都台東区 石動 殃華
大往生。 他人を恨むことなく、後悔もなく、
一所懸命生きたよ。
京都府舞鶴市 古橋路子
生きたくない時は 誰かのために生きてみて。
自分のために生きたくなるから。
京都府京都市 射手座の女
「なるようになるさ」と亡夫の一言
子供にも伝えたい
京都府木津川市 城野禮子
姿は見えなくても、
いつも近くで見守っているよ。
京都府京都市 たると
雪は消え、月は沈み、花もまた空へ帰る。
私もまたそのとおりである。
京都府京都市 桜 斎
ちゃんと生きよう ちゃんと生きよう
ちゃんと死のう
大阪府大阪市 大阪のオレ
秀吉公賞
何時か吾も
鬼籍に入る日 寂(しず)やかに
墓に在るから 山河煌めけ
京都府京都市 河本 亮
選 評
まず思ったのは、この歌の作者がどのような人生を送ってこられた方なのであろうという推測である。しかしすぐにそれは歌の本質とは関わりがないと気づいた。
穏やかな人生であったとも、あるいは逆に波乱万丈というべきであったのかも知れない。幸せに満ちた暮らしであったとも、時には恵まれない日々があったのかも知れない。いずれにせよやがて自分も間違いなく今とは異なる世界に赴き、寂やかな気持ちで墓に納まる日が来るから、その時には世界は挙ってそのことを祝福せよ、と。
「鬼籍に入る」と自身を客観的に眺めた視点、同じ「しずやか」でも物理的な「静」と異なり心理的な「寂」を用いた技法、結句における「山河」という具体性を備えた対象への力強い呼びかけ等々、作者渾身の力作と言えよう。それは過ぎて来た人生への、ある意味で絶対的な肯定が然らしめたものであろう。
「辞世の歌」 部門 選考委員会
ねねさん賞
「かあさん」と
うはごとに言ふ母を 看し吾も
「かあさん」と言ひて逝きたしと
京都府京都市 岩田裕子
選 評
優れた短歌というものは、一読して納得できるという場合が多い。その納得とは論理によるものではなく、読者が私もかつてそんなことを思った、あるいは今後同じような境遇になったらそのように思うに違いない、という普遍的な共感からもたらされるものである。この作品はまさにそうした代表例と言ってよいように思う。
「看し」は「みし」と読む。単なる「見し」でも「視し」でも「観し」でもない。「看病」という語があるように、作者はその母上を「(最期まで)看取った」わけである。「うはごと」は漢字で書くなら「譫言」、病床で患者が思わず発する語の意であることからも、諒解されよう。
自身も病の床に最期を迎える日は、きっと同じように心の奥底から母を慕って呼びかけたいと願う作者。選考後、予想通りに作者は女性であると判明した。三代続きに継承されてゆく母性の尊さに、あらためて感じ入った次第である。
「臨終のことば」 部門 選考委員会
受賞にあたって
この度は、「ねねさん賞」という栄えある賞にお選びいただき誠にありがたく心より御礼申しあげます。
この歌は、母の最期に耳にした「かあさん」というひと言がいつまでも私の心に残っていて生まれたものです。
八十四年の生涯を閉じようとしたその時、意識の薄れゆく中でなお、母を呼ぶ声に、人の心のいちばん奥深い所には、母を慕う思いが生き続けているのだと深い感動を覚えました。と同時に、私の母への愛しさが溢れ出しました。
私も歳を重ね、あの時の母の心に少しは近づけたように思っています。
この様な賞を賜り、歌に込めた命への静かな祈りと家族への深い思いを受けとめて頂けましたことに深く感謝申しあげます。
京都府京都市 岩田裕子
入選
春の如き 人生なりき 時折は
寒さあれども 温とさ多く
佐賀県佐賀市 東家芳寛
ピリオドを 打つのか打たれる ものなのか
どっちにしても そろそろである
東京都世田谷区 中野 響
ありがとう この世で逢いし ひとびとの
仕合わせ祈り 拝(はい)さようなら
神奈川県川崎市 髙橋嬉文
貴方より 決して先には 逝かないと
誓っていたのに 守れなかった
京都府宇治市 田上容子
来世にて 落ち合う 符牒決めておく
また会いたいのか わからないけど
京都府城陽市 むーちゃん
戦争の 絶ゆることなき 世は暗し
やがてゆく世の 穏やかにあれ
京都府木津川市 阪本節子
あと幾年 生きたしなどと 思うまじ
螢の命 かげろうの生
京都府京都市 池田正子
煩現世 望む最期は 千日紅
鮮やかに枯れ 心静かに
大阪府茨木市 田中那奈
世の中の 役に立とうと 願ったが
いっぱいいっぱい ただただ生きた
京都府木津川市 藤本美代子
手を放し 一人で歩む 道なれど
最果てに待つ 懐かしき友
熊本県熊本市 桜
佳作
つまずいて 転んで怪我して 後退り
牛の歩みで 浄土を目指す
北海道札幌市 藤林正則
枯れ果てし 我が身携え 永遠の旅
いつのことやら 仏のみ知る
東京都大田区 やなぎ
姦しき 熊蝉の声に よみがえる
軍國少年の 集団疎開
京都府京都市 髙田利一
朝夢は とろーりとろとろ 花の中
彼の世もいよよ 近づくらしも
京都府木津川市 山田勝子
ゆく生の 蝉と鈴虫 聞きながら
墨の香に待つ 終の静けさ
東京都町田市 まどか
いつか来る 終も気にせず 快走す
老衰ですと 言われたきもの
京都府木津川市 西岡勝裕
天の川の ほとりにしばし 佇んで
汝がシニアサッカー 蹴るを楽しむ
京都府京都市 川野並子
縁ありて 出会いし人びと ありがとう
私の人生 まんざらでもなし
京都府木津川市 竹中順子
夢の中 君に抱かれし 春の風
今ひとたびの 逢瀬の時を
東京都葛飾区 OLIHIME
我死なば 百合を一輪 手折り来よ
西へ行く道 香を楽しまん
新潟県長岡市 柳村光寛
2026年度「臨終のことば」「辞世の歌」 選考委員会
「臨終のことば」部門
高台寺 執事長
奥 村 紹 仲
ねね様四百年遠忌実行委員長
後 藤 典 生
高台寺 顧問
川 本 博 明
高台寺 副執事
青 山 公 胤
高台寺 事務長
田 中 敬 子
「辞世の歌」部門
京都歌人協会会長・日本歌人クラブ近畿ブロック長
田 中 成 彦
京都歌人協会会員
西 谷 和 子
京阪奈短歌会会員
井 上 美 香
受賞にあたって
このたびは、秀吉公賞という栄えある賞を賜り、心より感謝申し上げます。
二十代で東山に住み始め、高台寺の塔頭圓徳院を母体とする保育園に、三人の子どもを預けながら、長年この地で暮らしてまいりました。
人生の喜びも苦難も重ね、今、改めて命の尊さを感じております。
いつか私が静かな墓に入った後も、愛するこの地の山河が変わらず煌めき続けてほしい。その願いを一首に託しました。
この歌が皆さまの心にも届きましたら幸いです。
京都府京都市 河本 亮